アーカイブ :2019年07月 J熱の嵐

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一生忘れられない壮絶な日

何から書こうかな、この数週間で色々ありすぎた。。。

時系列を追って行こうかな。


6/11

もうそろそろ生理が来るはずだけど、まだ来そうな気配がないので、クリアブルーで検査してみる。

うーっすら線が見える気もしないでもないが、旦那には全く見えないと言われ、所謂蒸発線だと言われたら、そうかもなのレベル。

あと、排卵誘発のためhcgを打った周期だったので、それが残存していて、薄っすら反応している可能性もあるし、まあ妊娠してないってことにしておこう。


6/15

まだ生理が来ない。23日周期の私にとってはほぼほぼ妊娠を確信するレベルに。しかし、検査薬はまたもや薄っすら。クリアブルーって、ダメなんじゃないの?

その夜、300万出資して下さるという投資家さんと会うことになっていたので、まだ妊娠も確定していないしと、飲んでしまった。

そしたら、家で見事に吐いた。この私がこの程度の量で吐くなんて、絶対に妊娠しただろ。


6/16

昼、ブロ友のキュリさんと会う。キュリさんブログ
奥さんの初お披露目。なんかとても仲よさそうで安心した。
大企業病に侵された上司に苦しんでいるらしいけど、家庭は安らげそうで良かったね。

夜、別の妊娠検査薬を買ってきたら、すぐにくっきりと陽性。

やっぱりか。今日からは禁酒だな。

にしても、クソ会社を辞めて3日後に排卵した卵で妊娠したわ。どんだけあのクソ会社が嫌だったのか。妊活にストレスって大敵だわと痛感する。

そして、1年も病院に通ったので今回は嬉しいけれど、新会社はどうしようか、私と社長しかいないのに。社長になんて伝えたらいいんだろうと悩み始めた。

でも、驚きはしても、きっと今の社長なら絶対にわかってくれるという安心感が私の中にはあった。


6/18

病院受診。

主治医が私よりも嬉しそう(笑)

そりゃそうか、私の年齢では、世の中的には5%しか妊娠できないらしいから奇跡だもんね。

更に、FSH115、AMH0.05という天文学的数値の人間が妊娠したんだもんな、先生もやりがいあっただろうな。

清泉さんの場合、本当にトントン拍子に上手くいった。最短コースだよ、これが最後の可能性あるから、大事にしようねって言われた。(FSH115の2ヶ月後に自然妊娠判明だもんね、そりゃ最短コースでしょうな)


6/19

酷い風邪をひく。喉いたいし、熱とだるさ。


6/20

鼻水が異様に出る。1日で箱ティッシュ全部使うレベル。

妊娠中に風邪は辛い。薬も飲めないし。

でも、1000万円出して下さるという投資家さんにお会いして、一生懸命喋ってきた。頭がめちゃくちゃキレキレな方で、風邪と妊娠でぼーっとしている自分には限界レベルの内容だったが、何とか終わった。

MSLやってたときは、毎日頭の良い先生がわけわからんことを言ってきて、ついていくのが必死だったなと懐かしく思った。

まあ、あの職業やってたお陰で、こういう場面にも耐えられるようになったと思うと、あれはしんどい仕事だったが、無駄ではなかったと思えた。


6/24

風邪が酷すぎて、夜も寝れない。

赤ちゃんが生きてる感じがない。風邪のことしか考えられない。


6/25

クソ会社で痴呆症の上司と論文の権利で話合い。

上司が意味不明な論理で頭痛が増して、途中で倒れた。

話合いは決裂。


6/26

耳鼻科で副鼻腔炎だと言われる。

相当酷いので、毎日ネブライザーに通うようにとのこと。


6/28

胎嚢確認。主治医におめでとうと言われる。酷い風邪をひいたが、順調で何より。

クソ会社最終出社。

辞めて、清々したよ。気分爽快。


6/30

ワクワク東京ドームで入場後大量出血。

また流産かと思ったら、どんどん気が遠くなっていき、全く授業内容が頭に入らず。

途中で何度も大学病院に電話。

すぐに救急に来いと言われたが、どうせ初期の流産は誰にも止められないんだから、最後までワクワク見たい。

でも、結局、嵐の声が全く耳に入ってこなかった。どんどん流れ出る血に気をとられた。

最後の方で退席し、旦那の車で大学病院へ。

旦那も私も流産に慣れすぎているのか、看護師よりも医師よりも落ち着いている。

当直の医師にはまだ胎嚢は残っているから、安静にしろと言われたが、安静にしても防げないことを私は知っているので、明日から新会社なので絶対に休めないと言った。


7/1

しかし、出血はどんどん増えて、生理2日目以上に。

さすがにもうダメだと思って、病院に電話し、急いで行った。

主治医が診てくれて、たしかに流産に傾き始めてるけど、まだ半分くらいの確率で大丈夫だから諦めないでと言ってくれた。胎芽も見えそうだとのこと。

新会社のことも主治医にはずっと話してきてたので、今日からだよね、行くのは大丈夫だよとも言って貰った。

そして、株の契約書作るにあたって、妊娠のことは隠しておけなかったので、こういう事情だから、万一流産せずにうまくいったら、会社にコミットできない期間ができるけど、この契約内容で本当に大丈夫かと聞いたら、信じているから大丈夫、そんな細かいことは全く気にしていないと言ってくれた。

正直に話してくれて、ありがとうとも言ってくれた。

涙が出そうだった、この人のためにどんなことがあっても働くんだって心から覚悟を決めた。

そして、午後からは1000万円出資してくれるという方とお会いした。昔勤めていた会社の重役さんで、私のことも知っていたようだった。

お話は予定通りまとまり、良かったと立ち上がった瞬間に、何かが落ちてくるのがわかった。

ちなみに、ワクワクからずっと腹痛は続いていた。おそらく面談中も相当な腹痛だったのだが、必死に話していた私は脳内麻薬が効いていたようで、のたうち回るようなことはないままに生み出してしまったようだ。

会社といってもレンタルオフィスなので、ここで倒れたら、正直大騒動になると思い、必死で家まで帰って、出てきてしまった胎嚢をジップロックに入れて、大学病院の救急に持って行った。

やはり胎嚢だと言われて、体内には何も残っていないと言われた。

涙は出なかった。

やっぱりなというのと、これで給与も半分にしてまでチャレンジしたいと思った新会社にコミットできると思ったら、なんだか納得できた。

とにかく、原因を知りたいので、胎児の染色体検査をお願いしますとだけ言って帰ってきた。

疲れ切って、風呂にも入らずに寝た。

長い1日で、忘れられない新会社の初出社日兼、赤ちゃんの命日となった。


7/2

朝方、お腹の痛みで起きた。出血もまだ酷い。

そして、寝る前は妙に納得してたのに、世の中はなんて不条理なんだと思えてきた。

一年も病院に通って、時間とお金を使い、色々やってきたのに。

私の何が悪かったのか?年齢だけか、それとも東京ドームに行ったり、仕事に行ったりしたことか?一回くらい産ませてくれてもいいんじゃないか?ここに書いてるだけで3回だけど、本当はもっと妊娠している。

なんで私はいつもこうなるんだよ。どういう身体なの?この世に確実に産める方法はないのか?

そしたら、急に涙が出てきて、主治医に会いたくなった。

電話して、お腹が痛いって言ったら、直ぐにタクシーできてって言ってくれた。私から電話が来なくても、自分の目で確認するから来てって言おうかと思ってたとのこと。なんて優しいんだろうか。イケメンではないけど、大好きだよ。

主治医が見てもやっぱり何も残ってなかった。完全流産だとのこと。綺麗に出てるから、相当痛かったでしょうと言って、ロキソニンを出してくれた。

いつも繋留流産だったから、掻爬手術になっていたけど、今回はオペ不要だと言われて、あの子宮口広げて、掻き出す必要がないと思ったら、気が楽になった。

前回の胞状奇胎、胎盤遺残、子宮仮性動脈瘤のトリプルアタックに比べたら、完全流産とはなんと親孝行な子だったのかと感謝の気持ちが芽生えてきた。

主治医は、昨日測ったhcgを夕方確認してから帰宅したんだけど、上がってたから、何とか逃げ切れると思ってたのに残念だと、私よりも残念がってくれた。

今後のことは染色体検査の結果が出てから考えようとなった。

とりあえず、主治医に会って落ち着いたので、その足でタクシーに乗り、ラボへ荷物の搬入作業をした。とりあえず、重たいものは社長に持ってもらった。社長には、これで仕事にコミットできるから良かったって伝えた。

そして、着床前診断の患者の会のメンバーにも報告して、一緒に悲しんで貰った。



とりあえず、社長のおかげで開業資金は予定通り集まってきている。今回も一年前と同じで命がけでの資金集めになったけど、今回は他人に使われることはない。

前回は7000万のグラントを命がけで書いて取ったのに、他人に使われて、子供も失ってという結末だったが、今回は違う。
私には仕事が残っているんだから。

大丈夫、まだ私は頑張れる!こんなことでは負けないんだ!



これがここ数週間の出来事でしたー

相変わらず、濃すぎでしょう⁈
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